KEIKO MORIUCHI
森内敬子展「始動」launch
2025年11月12日(水)-17日(月) 11時〜18時
※最終日は、16時まで


KEIKO MORIUCHI
森内敬子
大阪の卸問屋(現在でいう商社)の一人娘として生まれ、自由闊達に育つ。
幼少期から絵を描くことが好きで、小学校の頃より学校行事の掲示物などを任される。
また、仏教の世界や科学に造詣が深く、現在の作品にもその影響の一端が垣間見れる。
大阪樟蔭女子大学の学生の頃、独自の制作活動が噂となり、 具体美術協会リーダーの吉原治良の目に留まる。
パリ留学を予定していたため、具体美術協会の入会の誘いは保留にしていたが、吉原治良の「パリではなく、ニューヨークへ行くべき」の言葉を受け渡米。後に具体の一員となってゆく。
1965年にアド ラインハート(抽象画家)が住むビルの一室に、住居兼アトリエを構え、イサム・ノグチ、マンレイ、金光松美、豊島壮六、吉村益信、磯辺行久、斎藤義重らと交流する。
1972年の協会解散まで具体美術展に連続出品。大阪・京都・東京・名古屋・アメリカ・西ドイツ・北京・香港などで個展やグループ展を多数開催。
具体美術協会(GUTAI)とは
1954年 関西の抽象美術の先駆者/吉原治良(1905〜72)をリーダーに、京阪神在住の若い美術家たちで結成された前衛美術グループ。
『具体』の由来は、「われわれの精神が自由であるという証をアートで具体的に提示するのだ」というところからきている。また、「具体」は「これまでになかったものを作れ」をいう吉原の厳しい教えのもと、独創的な作品が生まれた。インスタレーション・ハプニング・パフォーマンスアートなどの奇想天外な発想でユニークな作品を次々と輩出。
1972年 吉原の死去に伴い、具体美術協会解散。その後、多くの回顧展を経て、 2013年 グッゲンハイム美術館での企画展「GUTAI:素晴らしい遊び場」によって一気に国際的に再評価され、現在では日本の戦後美術を語る上で最も重要なアートムーブメントのひとつとなっている。
